ある日突然、CTOになった:崩壊したシステムの上で下した冷徹な決断
戦略企画統括から技術統括へ。構造改革と技術再設計で証明したリーダーシップの記録。
予定になかった肩書き、背中を押されて立った舞台
人生は時に、緻密な戦略よりも突拍子もない偶然によって航路を変えます。私が初めてそのスタートアップに足を踏み入れた時の肩書きは、「戦略・企画統括 専務取締役」でした。コンサルタント時代の経験を活かし、事業の大きな絵を描き、組織をセットアップすることが私のミッションでした。当時、私が管理していたのはデザインチームだけだったのです。
しかし、プロジェクトの途中でCTOが突然会社を去ったことで、状況は一変しました。船はすでに出港したのに、舵を取る人間が消えてしまったようなものでした。選択の余地はありませんでした。そうして私はある日突然、フロントエンド、バックエンド、そしてAIチームまでを統括する技術責任者(CTO)の座に立つことになりました。準備する時間も、拒む余裕もありませんでした。肩書きがついた瞬間、役割は無慈悲に始まりました。
「知らない」が許されない、証明の重み
技術統括というポジションは、「知らない」という言い訳が通用しない場所です。当時の私は、開発スタックの細かなロジックを完璧に理解している状態ではありませんでした。さらに悪いことに、チームメンバーは全員ここが最初の職場である社会人1年目の新人たちでした。経験のないジュニアたちと、技術を知らない(ように見える)リーダー。外部の視線、特に投資家たちの視線は冷ややかでした。彼らは私を全く信じておらず、私の肩書きを単なる「その場しのぎ」だと思っているようでした。
問題をさらに複雑にしたのは、システムそのものでした。単なるバグが問題だったわけではありません。根本的な技術設計から歪んでおり、企画と開発の乖離は深刻でした。毎日のように発生するトラブルの中で、私は決断を迫られました。逃げ出すのか、それともこのシステムを自分のものにするのか。私の辞書に「諦める」という言葉はなかったため、私は真っ向から立ち向かうことを選びました。
徹夜の作業と設計で勝ち取った信頼
投資家に信頼を与える唯一の方法は、「言葉」ではなく「結果」でした。全員が退社した静かなオフィスで、私は一人残り、徹夜の作業を始めました。自分でコードをすべて書くことはできなくても、システム全体のアーキテクチャとロジックの流れを完璧に把握しなければなりませんでした。技術設計図を引き直し、企画者としての戦略的思考を技術設計に移植しながら、システムの根本的な問題を一つずつ洗い出していきました。
単に機能一つを修正する提案ではなく、なぜこの問題が発生したのかという根本原因を突き止め、設計から修正して企画を再構築した改善案を携えて投資家たちの前に立ちました。問題の本質を突いた分析と代替案を提示すると、彼らの眼差しが変わり始めました。「この人物は技術の核心を掴み、問題を解決する術を知っている」と認められた瞬間、それまでの疲労が吹き飛びました。戦略的リーダーシップが技術的信頼に置き換わった瞬間でした。
崩壊した組織の再編と、苦渋の決断
新人だけで構成されたチームを率いることは、リーダーシップの限界を試される舞台でした。私が合流した時、すでに組織力は崩壊しており、資金難とメンバーのスキル不足が重なっていました。混沌とした状況の中で、私は単に全員を抱きかかえる「優しいリーダー」でいることはできませんでした。会社の生存と、投資家でありパートナーでもあるクライアントとの信頼を守るために、冷徹に判断しなければなりませんでした。
結局、苦痛ではありましたが避けては通れない組織改編(リストラ)を行いました。その過程で、最も核心となるバックエンド開発者一人だけを選抜し、チームを再編しました。彼と呼吸を合わせながらシステムの隙間を埋め、実質的なアウトプットで応え始めました。対人関係の悩みと資金圧迫の間で下したこの苦渋の決断は、起業の現実がいかに冷酷であるか、そしてリーダーの決断が組織の生存にいかに影響を及ぼすかを、身をもって私に教えてくれました。
人材の空白が生んだ「真のビルダー」への道
時が経ち、会社の事情で人材が一人、また一人と去っていきました。チームメンバーがいなくなり、管理体制が緩やかになったことで、私はそれまで「目」で追うだけだったコードやデザインに直接手を入れ始めました。最初は簡単な修正からでした。それまでCTOとしてシステムの設計図を頭に入れていたおかげで、不慣れなコードの中でも道を見つけることは、思ったほど難しくありませんでした。
自らコードを修正し、デザインを学び、実務の「きめ」を体得したこの短くも強烈な経験は、私に大きな気づきを与えてくれました。戦略家としての頭と、ビルダーとしての手が、ようやく一つに繋がった感覚でした。たとえそのスタートアップは消滅したとしても、あの時キーボードを叩きながら感じた重みは、今、私が一人でサービスを作り上げていくための最も強力な動力となっています。
役割が人を変え、経験が基準を作る
準備不足のまま始まりましたが、その役割が私を全くの別人へと変えてくれました。今の私は、すべてを完璧に知っていなければ決定できないとは思いません。分からない状態でも何が重要なのか優先順位を見極め、リスクを取って決断を下す方法を学んだからです。
あの時、徹夜で悩んだ技術的設計や、投資家たちの鋭い質問への対応、そして最後に一人残ってコードに触れたあの瞬間が積み重なって、今の私があります。今の私は、より構造的に物事を見、より確固たる基準を持って動いています。
終わりに:すべての「突然の始まり」を応援して
あなたも、ある日突然、抱えきれないほどの役割を任されましたか? 準備ができていないという不安から、逃げ出したくなるかもしれません。しかし、覚えておいてください。責任は人を、予想もしなかった高さまで引き上げます。私もまた、戦略家からCTOへ、そして今の1人開発者へと変貌できたのは、その「突然の始まり」を避けなかったからです。
完璧でなくても大丈夫です。問題を解決しようとしたその切実さと、信頼を守るために示した姿勢が、最終的にあなたの実力になります。私のこの泥臭くも熾烈な記録が、予期せぬ挑戦に直面しているすべてのビルダーたちの、小さな勇気になることを願っています。
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